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東日本大震災によせて3

未だ続く被害に、懸命に立ち向かっている皆さんに、敬意を表します。

被災地のニュースにも、ようやく「希望」の話がでてきました。なによりも、小学校の卒業式など、子供達が、両親を亡くしたにもかかわらず、しっかりとした表情でインタビューに答えている報道を見ると、本当に前に向かって歩くという力強さを感じ、頭が下がる思いです。
彼らが大人になった時に、どんな社会を作っていくのか、どんな街の風景を見せてくれるのか、期待とエールを送りたい気持ちになります。


しかし、同時に将来への負債、原発の処理の問題が色濃く残されています。

実際には、事故直後に、何人も犠牲になっていいただとか、建物も津波による損壊だけではなく、地震によるダメージもあったのでは?とか、被曝線量も一日なら大したことは無いが、連日の補修作業では、かなり危険なのだ!だとか、今頃になってリークまがいの情報が出てきています。

事故当初は、パニックを抑えるため、各テレビ局は専門家に、一様に「安全」をコメントしてもらい、リスクについてはほとんで触れずにいました。
しかし専門家の多くは、現状を予測していたらしく、今になってコメントに「将来について」を加えはじめています。
ただ、現在のコメントは、民放に関しては、かなり実態に即したコメントで、かつ厳しい現実も的確に紹介していると思われます。(どうしてこんなに優秀な学者さん達が、いっぱいいるのに、政府は後手後手にまわるのだろう?と、誰もが思いますよね)

ところが、この期に及んでもまだ、「安心論」を唱えていた番組がありました。
NHKのニュース番組です。アナウンサーは、それなりの危機感を持って、「建屋の損壊が〜」と現状報告とこれからの対処法について解説しようとしていたのですが、そこに呼ばれていた専門家が、あまりにも事故後の時間経過を無視したコメントを語っていたのです。

これはけっして個人攻撃をするために書いているのではないことを、はじめに言っておきます。
が、専門家のコメントが、一般市民にとって、どれほどの影響力があるかを理解して欲しいためにあえて書きます。

放射線医学研究所のS先生。本当に原発の現状は「安心」してもいいのですか?しかも、うっすらと笑みを浮かべながら言うコメントなのですか?
現場で必死で作業している人たちに、「この程度の被曝なら大丈夫ですよ」なんて、直接言えるのですか?そのコメントの責任はとれるのですか?

顔は笑顔を装っていましたが、声だけを聞くと、厳しい現実をなるべく緩和して(パニクらないための配慮だと、良い方に解釈しますが)伝えようとして、苦しい気持ちが言葉の中に入っていると感じました。(声は正直ですから)

さらに、このようなコメントを受け取ったアナウンサーも、微妙に困惑気味だったのがせめてもの救いだったかもしれません。(良識は保たれているのだという意味では)


今後も、大変な事態がしばらく続くことは否めないでしょう。立場の違いによるコメントも多数出てくることでしょう。我々はその都度、しっかりとコメンテイターの表情と声を聞き、惑わされず、流されず、確実な一歩を進むよう心がけることが不可欠であると思います。


三たび乱筆にて。
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東日本大震災によせて2

このシリーズを続けようと思ってはいないのですが…


毎日のように被災地の情報をテレビを通して見ていると、少しずつ車も動きだして、復興への足がかりが見え始めたようで、本当に現地の人々の努力と気力には頭が下がる思いです。

一方、原発の余波は未だ広がりをみせて、ミネラルウォーターの買い占めという現実を生み出しています。

これはある意味、人間の本能かもしれません。身近なもの、身内、自分自身の生存を脅かすものからの逃避行動。もしくは、けっして後ろ向きではない生存への欲求。
いずれも当たり前の行動だと思います。

が、震災以降のテレビのコマーシャルは、ご存知の通り政府公報系のものばかりで、人を思いやる気持ちや、穏やかな心を持つような作品ばかりを連日放映していました。
日本人(一般にいうところの日本人。実際には多くの民族がこの国には住んでいることを承知の上でこの単語を使います)の持つ気質というか、過去の震災においても、他国に見られるような、大掛かりな暴動、略奪などはかなり少ないと言われています。(実際には、少なからず起きているようですが、報道のルールの中で、規制されているようです)
それでも、一つ間違えば、大パニックになってもおかしくないほどのことが今回の出来事です。
政府もそのために、激甚災害と位置づけました。
人は、言葉や音によっても、気持ちを変化させてしまいます。ですから、前出のコマーシャルのように、穏やかなナレーションや優しさのみえるストーリーを放映することで、ピリピリした感情を一時的に沈める効果を狙っているのです。

また、街頭インタビューなどでも、「自分はいいんですけど〜、子供のために〜」とか「被災地の方に比べれば、少しぐらい我慢してもかまいませんよ」などなど、人を思いやったり、自分は二の次です、というようなコメントを多く報道しています。
インタビューを受けた方々は、確かにそう思って言葉にしているのだと思います。

しかし、被害を直接受けていない地域でも、物資不足になっている現実とは、いったいなんでしょう?
言葉では「自分は二の次」と言い、行動では義援金を出していながら、防衛本能によって必要以上にモノを買ってしまう。
良いコマーシャルだと言いながら、繰り返し繰り返し見せ続けられると、ストレスとなって、「もうこのコマーシャル飽きた〜」と言う人も出てきます。
この、人としては当たり前(身内を守りたいとか、生き延びるのだ、という行動)の行動を、当たり前と言えずに(まるで、自己犠牲をしなければ人に非ず、というように)、矛盾として脳みそに蓄積されているのが、今の状況だと思われます。

幸いというか、徐々にコマーシャルやテレビ番組も通常に戻りつつあります。被災地の人たちを思いやる心を継続していくためにも、脳に蓄積されつつある「不安の種」の圧力弁を少しだけ緩めて、ガス抜きをしていくことが、これから重要になっていくと思います。この災害を忘れないために。

再び乱筆ご容赦を。
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東日本大震災によせて

まずは、今回の大地震によって被災した人たちに、お見舞い申し上げます。

前に書いたのですが、阪神淡路大震災のときは、尼崎に家があった関係で、一週間後に現地に行ったのですが、その時体感した感覚と、今回テレビを通じてですが、感じる震災の状況が、発生当初から何か違うな、という感じを受けました。具体的に「これ」とは言えないのですが、規模や津波というもう一つの自然災害。さらには、今なお続いている、これからも続くであろう原発事故の問題。これらが、分厚い壁のように、まるで空気が重くなったように感じるのです。

もちろん、阪神淡路の際も、当事者にとっては、とんでもなく重く苦しい状況であったことは言うまでもありませんが。

今回は、経済的な閉塞感が拭えない時に、大規模災害という、どこにも文句を言えない被害を被り、多くの人の思考の中に、不安の種が植え付けられたと思います。

東京のスーパーでも、いまだに牛乳、ヨーグルトなどの棚はすぐになくなり、それがまた引き金となって、買いだめに走るという現象になっています。

近所の商店街では、一時期トイレットペーパーがなくなり、朝から入荷待ちで買う事態となりました。
少ない物資に長蛇の列で、モノを買う。しかも整然と並んでいるところを見ると、日本は良い国なんだな〜と思います。
が、先ほどの不安の種は、ほんの少し心を緩めてしまうと、一触即発の事態をも引き起こしてしまう危険をはらんでいます。

ある行列にRも並んでいたときのこと。トイレットペーパーかティッシュペーパーか、一人どちらか一点しか買うことができないという条件のある薬局でのこと。
一人で何カ所も抱えているヘルパーさんが、通常必要としている介護用品を買いにきた時に、この一人一点に遭遇。事情を知る前に、並んでいた他の一般客から「一人一点よ!」と言われ「私はヘルパーなんだから、しょうがないじゃない!」と売り言葉に買い言葉。周りの仲裁で事無きを得たのですが、その時の最初の一言が、もう少し穏やかであったら…。
さらにはヘルパーの仕事を良く知らない大人もいて、口々に「買いだめしたってしょうがないのに〜」とか心ない追い打ちの言葉を吐いていました。あ〜。


声には力が有るのです。相手を思いやる心で話しかけると、必ず相手にも届き、反射して自分もよい気持ちになれるのです。

昔教えたレッスン生が、ボランティアで老人ホームの慰問に行っていましたが、これから復興を目指していく方々のために、舌根調整法を知っている君たち!被災地でなくても構いません。どうか近くの人たちに、暖かい声で話しかけてください。

音楽療法士のみなさん、音による救済も今後必要かつ役に立つと思います。


今回は、思いつくままに書いたので、乱筆お許しください。では。
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お詫び

現在、ネット不調のため、ブログ更新ができなくなっています。
今しばらく、お待ちください。
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役者のためのボイスコーディネート2

むむ?前回のコメントが、途中で切れてるぜい!

…つづき

ボイスコーディネートをするときは、現実的には現場作業なので、時間に余裕はありませぬが、できれば対象者の立場や性格などの把握のためのカウンセリングから入ると、より的確なアドバイスができるかもしれませんな〜。


声のコントロールは、前回までの話でだいたいつかめるはずだけど、役柄に適した声ってのが、「なんなのよ!」って、理解できてないと、せっかくコントロールする技術を持ってても、いい結果が出せないってことになるよね。

セリフに気持ちを入れるとか、本意気で演じるとかっていう、お芝居の大切なメソッドについては、そちらの専門家にお任せするとして、あくまでドライに声の観点からだけをここでは書きますよん。


そもそも声や言葉は、自分以外の人間に、今自分が思ってることを伝えようとした時に使うツールの一つってことだよね。だから、レッスンなんかしなくたって、悲しいときは悲しい声が出るし、楽しいときは声の表情も明るく感じるようになるしね。
そういった場面場面の出来事を、データとして記憶しておけば、どういう時にこの声を出せば、人は楽しい、もしくは、悲しいと感じてくれるのかが理解できるようになるはずなんだな。
あ、これ、声のコントロールができることが前提ね。

役柄を大きく「善人」と「悪人」とにわけて考えます。
すると、どちらがどんな声でしゃべるのかな?ということが、なんとなく感じると思うんだよね。
透き通る声、ノイズの無いクリアーな声、低めで落ち着いている声、などなど、「善人」て感じでしょ?
反対に、しゃがれた声、かん高くキンキンした声、早口で落ち着きの無い声、ね、「悪人」ポクないですか?

実際には、どちらの声を出す人の中にも「善人」もいれば「悪人」もいるわけだけどね。役柄の場合は9割の人が「あるある!」と感じれば、だいたいハマってるってことだからさ。

次に、この「悪」の中でも、ボスと下っ端の違いはどうかね〜。

こんなふうに、分解して考えていくと、どの声を使うとこんな立場の人間がしゃべってるように聞こえるってことが、解るようになると思うよ。

少しずつ、こんなことを分解して書いてこうかな〜。新シリーズヨロシコ。んじゃ!
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